あいち平和行進

扶桑町 → 犬山市 → 岐阜県

7千人を越える参加で成功!
みんなで、原水爆禁止世界大会へ参加しよう!

6月11日(月)まとめ

●扶桑町 → 犬山市 → 岐阜県コース 7.1㎞

●行進参加 350人 ●沿道募金 12,650円

●ヒバクシャ国際署名 164筆

 

 

扶桑町出発集会

扶桑町での出発集会では、町長、議長から「核廃絶に向けての、今日の一歩があると思う」などの激励の発言がありました。

地元議員を代表して小林議員からは、核兵器禁止条約が国連で採択されたが、日本の政府が背を向けている事に怒りを感じている。被爆国として、日本政府に推進させるためにも、原水爆禁止世界大会の成功をめざす平和行進は、大きな意義を持っています。頑張ってくださいと連帯の挨拶がありました。

平和行進共同連絡会からは、愛高教委員長の鈴村さんから挨拶があり、先日愛高教の総会があり、子ども達を再び戦場に送りださないなどの決議を上げた。

米朝の緊張問題でいつ戦争になってもおかしくないと思っていた。私達の一つ歩が、平和に繋がっています。と激励の挨拶がありました。

 

 

 

 

市長メッセージが届く ——犬山コープ前集会

犬山市の集会では、コープ犬山店から甘くて冷たいスカイとお茶が出され、行進団の蒸し暑さによる疲れも少し和らぎます。新婦人小池会長から実行委員会のあいさつが行われ、50万筆の目標を持ってとりくむ新婦人の活動を紹介。

「禁止条約に背を向ける政府の態度を平和行進と署名を通じて変えていこう」と力強いあいさつをしました。

犬山市からは、「核兵器の恐ろしさと戦争の実態が風化して、次世代への継承が弱くなりつつあるいま、平和行進が平和への意識を高めています。平和の尊さを訴えるのは未来への責任です」と、非核行政を紹介しつつ市長からのメッセージが寄せられました。

 

 

 

広島の被爆者からごあいさついただきました。

犬山コープ前集会では、被爆者である水野克己さんからご挨拶をいただきました。

広島の爆心地から2.3㎞で被爆をし、住んでいた自宅は爆風のより壊れ、焼き尽くされてしまいました。

キノコ雲に黒い雨、忘れることはできません。原爆のことを考えるようになったのは、それまで健康であった身体が75才のころいうことをきかなくなり、病院で診察すると血液のがんと分かり、70年も経過したいま、原爆の恐ろしさを身をもって体験しました。

命のつづく限り核兵器廃絶の運動に力を尽くしたいと語りました。

 

原水爆禁止世界大会で会いましょう!引き継ぎ集会が行われました

引き継ぎ集会では、コープあいちの森井さんから「被爆から73年経過しようとする中、私たちは被爆の実相を聞くことのできる最後の世代です。核兵器廃絶と被爆の実相を継承することが私たちにかせられています」とあいさつをしました。

最後に県内通し行進者から、愛知県内の6/9までの到達である、参加者6,900人、署名2,900筆、募金38万円、折り鶴10万羽が集まったことが報告(6月11日までの12日間の集約は後日報告します)されました。

豊橋桜丘高校でいただいき、あいち平和行進の先頭であゆみ続けた原爆の灯が、「原爆ゆるすまじ」の合唱で消灯しました。

岐阜県の行進団に全国リレー旗を手渡して、12日間のあいち平和行進が幕を閉じました。