扶桑町 → 犬山市 → 岐阜県

核兵器廃絶の声を広げ、被爆者とともに歩いた12日間
あいち平和行進、岐阜へ引き継がれる

6月11日(日)まとめ

●扶桑町 → 犬山市 → 岐阜県コース 7.1㎞

●行進参加500人 ●沿道募金 12,040円

●ヒバクシャ国際署名 148筆

 

 

今年も扶桑町では、町長・副町長・議長をはじめ、多くの幹部職員も参加していただきました。そして、町長、議長は行進にも参加していただきました。
最終日の出発集会は、扶桑町役場前で町長議長がともに参加して開始しました。

扶桑町は、核実験が起こるたびに抗議や意見書を政府や各国にあげており非核への願いをしっかり持っています。
町長の千田勝隆さんから「私たちを取り巻く平和の環境は、雲がかかっている。平和行進で取り払ってほしい」とのメッセージをいただきました。
また市橋茂樹議長からも「明日の世に対して、この行進が人類にとっての平和を訴えるものになってほしい」とのメッセージをいただきました。

 

 

サプライズで犬山市長が、急遽、挨拶に! コープ前の石作公園での集会会

犬山での歓迎集会は石作公園で行われ、今年もコープあいち犬山から冷たいスイカの差し入れがあり、みなさん喜んでほうばりました。
あいち平和行進共同連絡会として、鈴村紀代子愛高教委員長からご挨拶をいただきました。
また、犬山議会の議長のビアンキ・アンソニーさんからも「ケネディ大統領は、人類は戦争に終止符を打たなければならない。さもなくば戦争が人類に終止符を打つと発言した。核は一番恐ろしい武器である。子どもや孫達が『核兵器ってなぁに?』と言われるような未来を作っていただきたい」と激励されました。

議長のビアンキ・アンソニーさんは、石作公園から犬山駅まで行進に参加いただけました。
今日は来れないからとメッセージを頂いていた山田たくろう犬山市長が、分刻みの忙しい中、来場いただき、お言葉をいただきました。「核兵器はいらないもの!犬山から声を届けていきましょう!」激励し、次の公務場所に走って行かれました。
犬山在住の被爆者の水野さんが、初めて人が大勢いる前で被爆体験を話していただきました。
水野さんは、「5歳の時に被爆されましたが、運よく火傷やケガはなかったものの最近、75歳の時に多発性骨髄腫になった。
自分は、原爆の影響だと思っている。こんな影響があることを知っていただきたい。体調はあまりよくないが、一緒に声を上げていきたい」と。
犬山城の城下町は、現在も江戸時代と変わらない町割り(町の区画)がそのまま残り、江戸から昭和までの歴史的な建造物が立ち並びます。

その街道を平和行進は進みました。道の両側にお店が並ぶ観光地。観光客や街道にある商店のみなさんに署名をどんどん呼びかけ、みなさん快く応じてくれます。

 

 

 

原水爆禁止世界大会で会いましょう!岐阜への引き継ぎ集会

引き継ぎ会場では岐阜のみなさんが出迎え、300人近い人が集まりました。
コープあいち理事石垣尚子さんの司会のもと、県からの挨拶もコープあいち理事鳥居由香里さんが行いました。
通し行進団を中心に2017年県内行進の報告が行われ、原爆の火の消灯式も行われました。

12日間あいち平和行進の先頭で灯しつづけた「原爆の火」が、アメージンググレースをBGM に、消灯していきました。
岐阜県の行進団に全国リレー旗を託して、12日間のあいち平和行進が幕を閉じました。