津島市 → 愛西市 → 稲沢市

雨の中、元気に核廃絶をアピール 非核宣言地帯を歩く

 

6月7日(水)まとめ

●津島市 → 愛西市 → 稲沢市コース 20㎞

●行進参加350人 ●沿道募金 32,600円

●ヒバクシャ国際署名 115筆 ●折り鶴17,000羽

 

雨も吹き飛ばすような、歓迎と激励   ——津島市

津島市の出発集会は、津島市役所で行われ、副市長、議長と揃って参加しました。

星野副市長からは、平和都市宣言などの平和行政を紹介し、核兵器廃絶の私たちの想いを届けてほしいとあいさつ。

垣見議長は、核兵器は人類がうみだした一番いけないもので、無くさないといけませんと力を込めて訴えました。

市長議長共に協賛金、ペナントが寄せられました。

被爆者の松本さんから核兵器廃絶に向けて平和行進は、大きな力になる成功させようと呼びかけ、市長代理、議長ともに雨の中行進に参加し愛西市に向けて出発しました。

 

 

 

 

国際署名に市長、議長、すべての議員が応じる   ——愛西市

愛西市の公民館で行われた、歓迎集会でも、副市長、議長が参加。

平和行進が国民的な運動と実感します。副市長、議長の平和行政のとりくみの紹介とともに、行進団に署名が手渡されます。

署名は市長、議長に加え、すべての議員と教育長からも賛同があり、まさに自治体の総意ともいうべき取り組みとなっています。

地域原水協の濱崎さんは、国連の禁止条約の問題に触れ70年が経過しスタート地点に立てた、みなさんともに署名に力を尽くそうと呼びかけました。

元気に稲沢へスタートしました。

 

 

コープあいちリレー行進 虫明年代

今年のコープあいちリレー行進は新人ベテラン6名で歩いて行進を盛り上げています。そして嬉しいことにコープあいち職員の新人や若手もリレー行進やカンパ隊などに参加して汗を流しています。職員は昨年の広島長崎の世界大会に参加、今年も参加します。7月には 「ヒバクシャ国際署名 」 を全組合員に配布して署名を集めるなど、コープあいちは核兵器廃絶の取り組みを広げています。

 

 

9日まで歩きます ジョン・ベナヴェンテさん(グアム)

私は第二次世界大戦の生き残りです。アメリカがグアムを再占領した1944年7月21日当時、私は7歳でした。少年だった私は、二つの強力な軍隊の間に挟まれた非戦闘員の悲惨さを目にしました。私たちは列強の戦争の犠牲者であり、非戦闘員は、歴史上最も困難な時を生き延びるという試練に直面しながらまったくその準備ができていない人々でした。戦争の経験とトラウマは、死ぬまで忘れることのない記憶として私の人生に刻まれ、影を落としています。
私は自決権と先住民の権利を守るためにたたかっています。私はグアムの先住民であるチャモロ人の自決権を守るための、チャモロ民族運動に当初から参加してきました。
私は昨年8月6日、広島の平和祈念式典に参列し、3日間、この記念すべき町に滞在しました。広島訪問は私にとって第二次世界大戦を呼び起こさせるものでした。1945年8月6日午前8時15分、原爆が炸裂したとき、市内で建物疎開作業中だった6千人を超える12歳から13歳の中学生が犠牲になったと知り、心が痛みました。

 

 

新市長も平和行進に賛同   ——稲沢市

雨の降りしきる中、到着した稲沢市では、加藤市長、出口議会議長さんらの歓迎を受けました。

あいさつで、稲沢市は、平成17年6月、1市2町の合併後に再度議会で「非核平和都市宣言」を採択したことが紹介されました。

8月には本庁はじめ市民ホールなどで原爆パネル展を計画していることや、稲沢公園にアンネ・フランクのバラの植栽がされたことも、現地から報告がありました。

また、平和行進への協賛金が市、議会それぞれから通し行進者に手渡され、教育長さんからの署名や世界大会への支持決議もいただきました。

地元の新婦人、民商などから千羽鶴も12,000羽あまりが併せて通し行進者に手渡され、参加者の大きな拍手がよせられました。

 

 

 

今年も、おいしいスイカの差し入れ!

行進団は、雨の中、元気に最終地のJR稲沢駅前に到着。そこには、今年もたくさんで、食べきれないほどの美味しいスイカの差し入れがありました。雨の中、肌寒い中でも、頑張って核兵器廃絶を訴えた、参加者は、今日一日の疲れが吹っ飛ぶような、甘いスイカを堪能しました。そして、みんなで歌を歌いながら笑顔で終結集会がはじまりました。