豊橋市 → 蒲郡市&豊川市

世界大会への支持賛同 豊橋市長・議長と揃い踏み
県内最長コースを元気にスタート

6月1日(木)まとめ

●豊橋市 → 蒲郡市&豊川市コース 25㎞
●行進参加350人 ●沿道募金 25,311円
●ヒバクシャ国際署名 233筆 ●折り鶴10,500羽

 

 

豊橋市役所での出発集会には70人が参加、冒頭に東三河ともに歩く会の安間さんより「人類史上はじめて核兵器は禁止されていく一歩が始まっているという確信を持って、被爆者国際署名にとりくもう」と訴えました。

市長代理あいさつでは、2006年に「平和・交流・共生の都市宣言」を行い、2014にはその宣言の推進基本計画を策定。

その後の市としての平和行政のとりくみを披露しました。

その後、議長代理からのあいさつを受けて、行進団は、蒲郡に向けて出発しました。

 

 

 

単組あげてのとりくみに!自治労連豊橋市職

豊橋市職労は31日の18人に続き、1日も17人の組合員が歩きました。

各職場から送り出された人は若手が多く、大半の人が署名・募金隊、統制員、ドライバー、アナウンサー等の要員として活躍しました。

参加者からは「『核兵器をなくそう』『戦争をしない』等と訴えながらいろんな参加者と交流できた。そういう人たちから平和に対する熱い思いを感じる事ができ刺激を受けた。」との感想が寄せられました。

「二度と(赤紙で)国民を戦場に送らない」が自治体労働組合の原点です。

この立場で今後も「核兵器廃絶」の運動を組合員や地域に広げていきます。

 

豊川コース 海軍工廠慰霊碑前からスタート

豊川コースの出発に先立ち、8時45分より稲荷公園内の豊川海軍工廠戦没者供養塔前にて、豊川平和集会を開催しました(参加者70人)。

献花、黙祷の後、 豊睦会の脇内輝義さん、八七会大石辰巳さん、豊川市職労組の大井宗人さん、豊川市議会議員の安間寛子さんより連帯のご挨拶、豊川市長からのメッセージをいただきました。

続いて行われた出発式には、4人リレー行進者に豊川平和行進実行委員会、コープあいち福祉事業所より、3,500羽の折鶴やタオル、Tシャツなどを託し、小坂井支所での合流に向けて、9時25分、40人で元気に行進しました。

 

 

脇内輝義さん(豊橋の被爆者の会 豊睦会会長)のご挨拶より

「豊睦会のメンバーは一時の120人から現在は57~8人となりました。

核兵器禁止条約の締結を目指し、力を合わせて頑張りましょう!」

(脇内さんは豊橋から蒲郡まで歩かれました。)

 

大石辰巳さん(豊川海軍工廠被災者の会 八七会会長)のご挨拶より

「今日は亡くなった2500人の仲間たちの霊を慰めるために 沢山の皆様にお参りいただき感激しております。

皆さんと共に平和への思いを新たにこれからも頑張ります。」

 

蒲郡市での終結集会

市役所で行われた終結集会には、市長代理、議長代理からそれぞれ歓迎のあいさつがなされ、「核兵器禁止条約交渉開始という意義深い中での平和行進となります」と市長メッセージが寄せられました。

また被爆者の会会長の原田さんをはじめ、3人の被爆者が駆けつけていただきました。

集会には、市民団体の楽習会より折り鶴4,000羽が行進団に手渡されました。

 

県内通し行進者紹介

平和行進は「平和の心がやしなわれる場」 県内通し行進・太田さん

第2回目の平和行進に友達に誘われて参加しました。私の平和の出発点は、8月7日の豊川海軍工廠の悲惨な体験で、わずか40分の爆撃で多くの市民が亡くなったことです。

以来平和行進は、子育てや仕事で参加できない年もありましたが、子どもと一緒に歩くなど、参加してきました。

私にとって平和行進は、元気の出る源であり、生きる支え、平和の心がやしなわれる場所です。

 

 

蒲県内最長コースを歩き抜いた医療法人名南会の青年3人

山田さん「疲れて足が棒のようになりました。毎年頑張っているみなさんの熱意と努力を感じました」、浅田さん「うたごえのコールに元気がでました」、井上さん「疲れましたが、署名・カンパ隊のみなさんに頭があがりません。

世界大会に青年5人を代表に送ります。

戦争の知らない世代として、平和活動に頑張るみなさんの気持ちを大切にしたい」