津島市 → 愛西市 → 稲沢市

すごいぞ 津島市、愛西市、稲沢市
そろって、あいさつ、署名賛同、行進参加

 

6月9日(木)まとめ

●津島市 → 愛西市 → 稲沢市コース 20㎞
●行進参加400人 ●沿道募金 40,211円
●ヒバクシャ国際署名 235筆 ●折り鶴15,000羽

 

 

津島市、愛西市ともに平和行進に参加

津島市役所で行われた出発集会には、市長、議長が揃って参加しメッセージ、賛同募金、行進参加と平和行進に賛同していただきました。

市長からは非核平和都市宣言の紹介、そして議長からは、人口の8割が戦後生まれの実態から体験を継承していく意義がそれぞれ語られ行進団へ激励いただきました。

被爆者の松元さんからは、10歳のときにあった被爆体験を語り、緑の景色が一瞬にして茶色に変わるさまにビックリした。父親は屋根瓦で怪我をしもう二度とあのような体験はしてはならないと訴えました。その後、県内通し行進者の紹介後、元気よく愛西市に向かって出発し、市長、議長ともに平和行進に参加しました。

 

 

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愛西市では休憩場所である公民館で、冷たいお茶を準備していただき、歓迎のお出迎え。市長代理、議長が参加しました。

市長代理は、非核平和宣言、平和記念式、中学生の広島派遣など非核平和行政を披露していただき、議長からはご自身の母親の戦争体験を紹介し、戦争のない世界をつくらないといけないとお話しいただいた。

愛西市では、市長議長からの賛同に加え、すべての議員と教育長からも賛同署名が行進団に手渡されました。まさに自治体の総意ともいうべき状況を実感する歓迎集会でした。

 

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被爆者の加藤さんが体験を語りました

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稲沢市役所では、稲沢市長から挨拶がありました。

市長は、「いま世界が核兵器のない社会を創るために努力している。稲沢も合併してから、新たに非核都市宣言をあげた。稲沢原水協の運動に激励され、施策が進んでいる。夏には市役所のフロアで原爆パネル展を開催し、原爆の恐ろしさを伝える努力をしていきたい。」

また、議長からは「オバマ大統領が広島を訪問した.自分も何度か原爆資料館を訪問した。あの場所では、誰もが涙を禁じ得ない・・・核の恐ろしさが伝わってくる。あの場所にも核発射ボタンを持ってきたと聞いた。核兵器廃絶の道は険しいと思う。運動が高揚すれば着実に進んでいくと思う。核兵器のない世界を望みます。

 

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401最終地のJR稲沢駅前には、今年もたくさんの美味しいスイカの差し入れがありました。

暑かった今日一日の長い道のりを歩ききった参加者今日一日の鋭気を養いました。そして、みなさん笑顔で終結集会がはじまりました。

冒頭には、愛知県原水協事務局長からは、全国通し行進者の山内さん、コープ和歌山の白濱さんの紹介に続いて、グアムの青年の訴えを紹介しました。

彼は、「グアムは波乱に満ちた歴史があり、死、流血、抑圧を経験しています。チャモロは、知られてはいませんが、戦争の犠牲者です。将来の戦争に備え米軍に接収されています。同時に自由な意志のもとに建国された国にもなっていないこと。この軍事化「目的」ゆえに、地元政府も自治権確立の動きを極めて難しく複雑で植民地のようです。自治権がなければ、アメリカの戦争の片棒を担ぐことになってしまいます。日本の平和行進と連帯するばかりでなく、広島と長崎への被爆者の歴史や経験からより多くのことを学ぶことを熱望しています。原爆投下が「必要」だったかどうかの議論には関係なく、核爆弾の使用は決して正当化できるものではありません。これが、日本・グアム・世界の連帯のもとに平和な未来の世界のために私が立ち上がり、行進する理由です。」とのべました。

 

 

 

通し行進者紹介

私は、「原爆の火」のランプを持ってあいち平和行進を歩いています。
静岡県から引き継ぎを受ける5月31日、広島に落とされた原爆の焼け跡に残っていた火から採った火を桜丘高校からランプに分けてもらい、6月11日の岐阜県への引き継ぎまで毎日持って行進します。種火はいつも渦巻きの蚊取り線香で腰につけて持っています。行進が終わると翌日までは、携帯懐炉で保存しています。今日も核兵器の廃棄を訴えて歩きます。            川角 芳久