半田市 → 東浦町 → 大府市

日本最古の非核宣言自治体で市長がお出迎え

301

 

6月6日(月)まとめ

●半田市 → 東浦町 → 大府市コース 12㎞
●行進参加350人 ●沿道募金 46,564円
●ヒバクシャ国際署名 357筆 ●折り鶴500羽

 

102

半田市役所玄関前で行われた出発集会には、榊原半田市長が歓迎のあいさつをしていただきました。市長は、非核平和都市宣言の看板を新たにしたことなど非核行政について報告しました。半田市は平和行進を後援してくれています。
実行委員会を代表して、平和委員会の高橋さんは、オバマ訪問について廃絶に向けて背を向ける態度を改めることや謝罪抜きの訪問について焦りと憤りを感じると話しました。ポツダム宣言の1日前にトルーマンが原爆投下を決定していた事実をあげ、核によって「早期に戦争を終結することができた」という言説はウソだと訴え、参議院選挙で平和の審判を下そうと話しました。
知多地域原水協理事長大久保さんが発言し、非核自治体宣言を行った半田市の歴史について紹介し、コープあいち、南生協、知多地域原水協の三者で行進を準備してきたことを紹介しました。
なお、お昼休憩地点の東浦町でも町長が行進団を激励しました。

 

 

今日の差し入れ

半田市向山公民館で、知多中央民商婦人部、日本共産党乙川後援会、亀崎後援会からお茶とデカビタの差し入れです

201204

 

 

半田市在住の長崎の被爆者西浦智子さんの被爆体験104

学徒挺身隊として電電公社で働いていたとき被爆しました。一瞬にしてシーンと静かになりました。職場の外は、静かなだけで死の世界のようでした。それからおばあちゃんと2人で長崎駅に急ぎました。周辺は死体やなま焼けの人でゴロゴロ、横たわっていました。途中で足を引っ張るおじいさんがいて「おじょうさん助けて!」と言いました。おばあさんがそっと「ごめんなさい、ごめんなさい。どうぞ安らかに成仏してください」とおじいさんの手をはずすのが、今でも心に焼き付いています。これが私の青春の一ページとして心に強く焼き付いています。2度と被爆者を出してはいけないと強く思っています。

 

 

被爆者の話が聞けて一番良かった平和行進 大府市終結集会

302終結集会となった大府市役所では、全国・県内通し行進者が、それぞれ想いを語りました。佐藤さんは、平和憲法のもとで私たちは生きてきたが、子や孫に戦争を行かせたくないとの思いで歩いている。遠藤さんは、オスプレイの小牧基地利用は戦争法の準備の具体化だと発言。和田さんは、いつになく平和への危機感を感じている、平和行進にがんばりたい。とそれぞれ発言がありました。
被爆者で愛友会の水野さんは、大府市でがんばった下春さんが亡くなり、川口さんも集会に参加できない状況を語りました。それでも5日の青年交流会で、県内通し行進者の大森さんから、各所で被爆体験を聞けて今年の平和行進は本当に良かった。との感想を紹介し、小牧市の遠藤さんから「被爆者になりかわって歩くよ」話してくれたエピソードを紹介しました。「被爆者と平和行進は切っても切り離せないもの。一緒に頑張りましょう」と呼びかけました。
愛知平和行進共同連絡会としてコープあいち職員よりまとめの報告が行われ、参加者350人、署名357筆、募金46,564円であったことが報告され、最後に「平和チンドン」と全国通し行進者山内さんのトランペットによるデモンストレーションが行われました。