知立→刈谷

知立→刈谷コース 市長とともに歩く平和行進に

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6月3日(金)まとめ

●知立市 → 刈谷市コース 12㎞ ●行進参加300人
●沿道募金 17,226円 ●ヒバクシャ国際署名 309筆 ●折り鶴 3,600羽

知立の出発集会では、実行委員会を代表し愛労連の知崎さんがあいさつ。オバマ大統領の広島訪問を前向きな動きと評価しつつ、核兵器廃絶条約へ日本政府が背を向けている実態を変えるために、「ヒバクシャ国際署名」と本日の行進に力を尽くそうと呼びかけました。
集会には、市長が参加しあいさつしました。

被爆71年が経過し体験者が少なくなる中、みなさんの運動は重要と話し、平和都市宣言、そして原爆パネル展の実施状況など非核平和行政のとりくみを披露していただきました。

そして平和行進にも一緒に参加し、行進団の先頭を歩きました。知立市はこのとりくみを毎年重視しており知立市のホームページに大きく掲載しています。

 

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かわいい子どもたちが知立団地でお出迎え

知立団地の保育園では、平和行進を参加しようと4人の保育士さんとかわいい2歳児の子どもたちが団地の休憩場所にお出迎えをしてくれました。行進参加者一同みなさん思わずニッコリ笑顔になりました。今年は、子どもたちも一緒に行進に少しだけ参加。まさに「いつでもだれでも一歩でも2歩でも」ですね。

 

 

恒例の手作り豪華弁当にビックリ

新婦人刈谷支部の皆さんが、全国・県内通し行進者に栄養をつけてもらおうと手作り弁当が振る舞われました。毎日、外食と弁当が続く行進者にとって野菜や手作りの惣菜は本当にありがたいものです。
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202午後の行進は、元米海軍通信基地である依佐美基地の周辺回るコースです。

願行寺では、刈谷市平和委員会の串田さんが、「受難の像」について説明しました。

基地鉄塔で遊んでいた秀樹ちゃん(1975年当時小学2年)が感電死したことをきっかけに地蔵が建立され「受難の像」と命名されたこと、また新たに鋳造された梵鐘には、基地の廃材アース線などを鋳込み平和の願いを込めたことなどをお話しいただきました。

その後、行進の歩を進め米軍基地跡「フローラルガーデン」では、真珠湾攻撃の命令「ニイタカヤカノボレ」もここから発信されたことなどの説明があり、行進団一同、戦争への拠点基地として役割を果たしていたことを学ぶものとなりました。

 

 

 

市長代理とともにあゆむ行進 刈谷市終結集会

終結集会では、刈谷市からお茶の差し入れがあり一息ついてからはじまりました。

山本市議は、沖縄の元海兵隊員による事件は「許せないもの」とし、95年少女暴行事件を思い出すが、そこから何も変わっていないとして、依佐美基地のように米軍基地は撤去しかないと力を込めました。

和歌山リレー行進の小林さんは、刈谷のコースで最後となります。小林さんは「行進は最後となるが、平和活動は今日から始まる。私たちの訴えは核のない世界を必ず作り出す力となります」と決意を語りました。
最後に、刈谷市への要請行動の報告を串田さんが発言。・原爆パネルを全ての小中学校で活用した。・8月に原爆パネル展を予定している・平和首長会議への加入(2015年1月)などが行われたとし、少しの変化だが粘り強い働きかけの継続が大切と強調しました。

 

 

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・通し行進の方がお元気なのにびっくりです。まだまだこれからも平和行進が大きくなっていってほしいです。

・今年も歌で参加しました。平和な日本がいつになったらおとずれるのか…。こどもたちや孫が安心して暮らせる日本が一日も早く来るように、ノーモアヒロシマ・ノーモアナガサキ・ノーモアフクシマと今年も声がかれるまで

・募金隊をやりました。募金を訴えたらわざわざ家の中に戻り持ってきてくれたり、暑い中ごくろうさまと温かい言葉をかけてもらいました。