岡崎市 → 安城市&豊田市

反核平和の運動が自治体を動かす!岡崎市長と新たに三好市長から賛同メッセージ 安城市副市長が行進に参加

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6月2日(木)まとめ

●岡崎市 → 安城市コース 14㎞ ●行進参加300人
●沿道募金 26,013円 ●ヒバクシャ国際署名 182筆 ●折り鶴 10,000羽
●豊田市コース4㎞ ●行進参加 100人

 

岡崎市役所前で開催された出発集会には、一昨年15年ぶりの市長メッセージに続き今年もメッセージが寄せられ、秘書課が代読しました。「オバマ大統領の訪問は被爆国のみならず世界各国に影響を与えています。悲惨な戦争を繰り返してはならない」などとするメッセージでした。
岡崎市在住の被爆者の被爆体験が朗読され、年金者組合岡崎支部から5,000羽の折り鶴が行進団に託され、出発しました。

 

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安城市役所近くの公園で、副市長も参加する歓迎集会が行われました。
浜田副市長から「核兵器廃絶がみなさんの力強い行進で実現されるように願います」との市長メッセージが紹介されました。その後、行進指揮者を務めた新社会党の石川つばさ市議から、また松樹寺の住職からそれぞれ連帯あいさつがあるなど多彩な顔ぶれが、行進団をはげましました。
その後、コープ横山に向けて行進団は出発しました。

 

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岡崎市在住の広島の被爆者 山縣弘久さんの被爆体験

広島に投下された原爆によって顔、髪の毛、手足を焼かれました。皮膚は剥がれて垂れ下がり、「痛いよー」と泣き叫んでいました。私は爆心地から3・2kmで軒先にいて光を当たらず助かったが、多くの友人はケロイドが生涯残る心の傷となりました。父は叔母のお骨を探しに行きましたが、焼け跡の地熱でスコップの柄に火がついたと話していました。今も私は、「被爆者手帳」で年2回の検査を受けています。今年で71年、広島長崎の市民は「2度と戦争のない平和な社会を」と願っています。

 

安城市在住の広島の被爆者 岡畠修二さんからのメッセージ

8月6日の大会にむけて、一路邁進されていることに心から応援しております。私は71年前、爆心地から南方2,000mの地点で被爆しました。幸い放射能による弊害もなく92歳になりました。数十年前から被爆体験をもとに、安城市および近隣都市の小中学生に戦争の悲惨さ、平和の尊さについて語り続けています。声がでるかぎりこれからも頑張ります。

 

 

全国でも珍しい夜の平和行進が豊田の街を歩く

うたごえパレットの演奏と歌声ではじまった集会では、共同連絡会を代表して県平和委員会田中さんがあいさつをしました。サミット開催に乗じてオスプレイが愛知に飛来したことや中止を求める要請行動を行ったことに触れ、オバマ大統領の広島訪問を「ただ、よしとするだけでなくその本質を考えるべきでないか」と語りかけました。全国通し行進者の山内さんは「今年59年目の平和行進が確実に情勢を変えている」と強調しました。三好市の牧田市議は、市長メッセージの紹介とともに中学生12人が広島へ代表派遣され予算化されたと報告しました。
集会後、原爆の火をかかげ夜の豊田の街へ平和行進が出発しました。