豊橋市 → 蒲郡市&豊川市

世界大会への支持賛同 豊橋市長・議長と揃い踏み
県内最長コースを元気にスタート

DSC00983

 

6月1日(水)まとめ

●豊橋市 → 蒲郡市&豊川市コース 25㎞
●行進参加 400人以上 ●沿道募金 30,625円
●ヒバクシャ国際署名 299筆 ●折り鶴14,500羽以上

 

出発集会には、100人の参加者が市役所前に集まり、集会では県内最大のコースへの激励をいただきました。連帯あいさつを行った被爆者の萬屋さんは長崎の被爆体験を語りました。続いて市長議長より激励のあいさつ。市長代理の大村秘書課長からは、「平和行進に多くの人が参加していると感じた。オバマにも、この熱い思いが伝わっていると思う」。また議長代理の議会事務局の堀総務課長は、「私も、若い頃に平和行進に参したことを思い出した。平和のキーワードは、議会でも共通。頑張ってほしい」とそれぞれあいさつをいただきました。

 

豊川コース 海軍工廠慰霊碑前からスタート

豊川コースの出発に先立ち、8時45分より稲荷公園内の豊川海軍工廠戦没者供養塔前にて、豊川平和集会を開催しました(参加者75人)。
献花、黙祷の後、豊睦会(豊橋の被爆者の会)の脇内輝義さん、八七会(豊川海軍工廠被災者の会)大石辰巳さん、豊川市職労組の大井宗人さん、豊川市議会議員の安間寛子さん、佐藤郁恵さんよりご挨拶、豊川市長からのメッセージをいただきました。続いて行われた出発式には、5人のリレー行進者に豊川平和行進実行委員会、コープあいち福祉事業所より、4,500羽の折鶴やタオル、Tシャツなどを託し、さぁ出発です。まずは、小坂井支所での合流に向けて、9時25分、45人で元気に行進しました。

1464749291024

1464749275343

 

脇内輝義さん(豊橋の被爆者の会 豊睦会会長)のご挨拶より

「オバマさんの広島訪問実現など、私たちの地道な活動が平和を動かしています。引き続き力を合わせましょう!」

 

大石辰巳さん(豊川海軍工廠被災者の会 八七会会長)のご挨拶より

「12才の時、海軍工しょうで被災しました。亡くなった2500人の仲間たちの霊を慰めるために 毎月7日と20日に供養の清掃をしています。今日はお越しいただきありがとうございました。」

 

 

各地で被爆者が行進団を体験談を語り激励 引き継ぎ集会には9人の被爆者がかけつける

DSC01244今年の平和行進は、被団協が呼びかけた「ヒバクシャ国際署名」を幅広い県民市民に広げる場所となっています。

このような中で、静岡の引き継ぎ集会をはじめ各地で被爆者が行進団を激励してくれています。

引き継ぎ集会には9人の被爆者が、また豊橋市内では愛友会の田村元理事長、そして本日県内最長コースには萬屋さんが完歩。

蒲郡集会には3人の被爆者が駆けつけてくれています。

 

 

 

今年の行進は、被爆体験を重視しようとしています。豊橋の集会でお話しいただいた、萬屋さん被爆体験をご紹介します。

「12歳の時に被爆した。B29からの原爆投下を目撃した。落下傘が開いて落ちてくるのを見た。白い閃光とバリバリという地響きを感じた。遠くから、大きな音と爆風が来て、家のガラスを粉々に砕いた。友人は、全身水ぶくれになり、
爆心地には、死体がゴロゴロと転がっていた・・・。原爆とはしらず、怖い爆弾だと思った。中学ではの時に街には、頭の毛が無い人がたくさんいた。いま考えると放射能や内部被曝の問題だったと思う。知り合いも次々と亡くなった。
オバマの発言で、慰められた。核兵器のない世界をつくるためにこれからも頑張っていきたい。この春から始まった、ヒバクシャ国際署名にも、協力をしてほしい。」

 

 

蒲郡市での終結集会

市役所前の公園で行われた終結集会には、市長代理をはじめ蒲郡市からの歓迎激励を受けました。市長メッセージでは、オバマ大統領の広島訪問を核兵器廃絶への前向きな一歩として評価し、「これらの前進は皆さんの努力で実を結んだのではないか」とお話しいただきました。また被爆者の  さんは、オバマ大統領の広島訪問を歓迎し、「これらの前進面を今度は蒲郡市がさらなる前進をつくりだしてほしい」と要望挨拶しています。集会には、市民団体の楽習会より折り鶴2,000羽が行進団に手渡されました。本日大塚公民館でも4,000羽の折り鶴をいただいています。集会の最後に、全国通し行進者の山内さんのトランペットに合わせ「折り鶴」を参加者一同で合唱しました。

 

iine6・笑顔あふれる日がいつまでも続くようにできることを一歩ずつ行おう。

・初めて平和行進に参加しました。戦争や核兵器をなくす為にも、こうやってみんなが集まって行動を起こすことが、訴えを起こすことが大切だと改めて思いました。

・夫婦で156才になりました。最後の平和行進になるかもしれません。元気ならば来年も歩きます。

・5月の連休に広島へ行って原爆ドームなどを見たばかりで、今日、行進を一緒に歩いて平和の思いをあらたにしました。